子供に伝えたい、令和の元号の意味と出典(万葉集)と時期、西暦への変換の仕方についてなど、すべての総まとめ

 

 

2019年4月1日、春になるとともに、新しい時代の幕開けの準備となりました。

2019年5月1日より、日本の元号は、平成から令和になることが決定しました。

海外に住んでいたとしても、日本にいたとしても、子供には、日本の良さでもある元号を伝えていきたいと思っています。

 

2019年が令和元年になり、出典は万葉集、文選による

 

日本の特徴でもある、元号の出典は、古典によると決められていて、元号を名付ける規定もいろいろとあるようです。

『昭和大礼記録(第一冊)』によると、一木喜徳郎宮内大臣は、漢学者宮内省図書寮の編修官であった吉田増蔵に「左記の五項の範囲内に於て」元号選定にあたるように命じた[6]

  • 元号は本邦はもとより言うを俟たず、支那朝鮮南詔交趾(ベトナム)等の年号、その帝王后妃、人臣の諡号名字等及び宮殿土地の名称等と重複せざるものなるべきこと。
  • 元号は、国家の一大理想を表徴するに足るものとなるべきこと。
  • 元号は、古典に出拠を有し、その字面は雅馴にして、その意義は深長なるべきこと。
  • 元号は、称呼上、音階調和を要すべきこと。
  • 元号は、その字面簡単平易なるべきこと。

なお歴史的には、「他国でかつて使われた元号等と同じものを用いてはならない」という条件はなかった。例えば徳川家康の命によって用いられた「元和」は、憲宗の年号を用いたものである。近代の「明治」も大理国で用いられた例があり、「大正」もかつてベトナムの莫朝で用いられた(ただし、読みは「たいせい」)。

出典:ウィキペディア 元号

 

令和の意味とは?

 

出典万葉集』巻五[16]の「梅花謌卅二首并序(梅花の歌 三十二首、并せて序)」にある一文[17]。以下に、原文、書き下し文、現代日本語訳の一例、および、題詞を表す。

 
原文》 約物は後世に調整された形。※太字は新元号に採用された字。

于時、初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。
 
書き下し文》 ※ここでの読みは文語とする。

ときに、初春しよしゆんれいげつにして、かぜやはらぎ、うめ鏡前きやうぜんひらき、らん珮後はいごかうかをらす。
 
現代日本語訳の一例》 太字は新元号に直接関わる語。

時は初春しょしゅん令月(※すなわち、何事をするにも良き、めでたい月)[18]、空気は美しく(※『初春』の『令月』を受けての解釈では瑞祥ずいしょう気配に満ち)、風は和やかで、の前の美人白粉おしろいで装うように花咲き、は身を飾るころもまとこうのようにかおらせる。
 
《題詞》

梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日[注 1] 萃于老之宅[注 2] 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧 鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇 古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠[19]

出典: ウィキペディア 令和

 

 

令和は、248番目の元号である!

 

645年に、日本の元号が「大化」が定められたのが最初だそうです。

7世紀頃には元号の空白期間があったりしたそうですが、また、南北朝時代には混乱もあったようですが、今日までの1374年の間に247の元号がありました。

つまり、平成が247番目ですので、令和は248番目になりますね!

 

「和」が入る元号は20回目

 

『元号全247総覧』(山本博文編著、悟空出版)によると、ベスト10はこちらです。

  •  29回
  • 元・天 27回
  •  21回
  •  20回
  •  19回
  •  17回
  •  16回
  •  15回
  • 承 14回
  •  13回

 

出典: Buzz Feed News

 

令和の令の意味とは? ひざまついて神意を聞くこと!

 

「令」の字の成り立ちは、「人がひざまずいて神意を聞く事」を意味しているとのことです。そこから、「命ずる・いいつける」を意味するようになったとのことですが、天皇は元々大祭司であり、天皇陛下が「皇后ともに常に国民により添い、国家国民の安寧を祈り続けてこられた」ことを考えると、「令」の文字の意味は、“ひざまずいて神意を聞く”の意ではないかと思われます。
 元々の大祭司としての天皇の役割というのは、“神意を受けとめ人々に伝える”ことではなかったかと想像します。それは特殊な霊能力であり、それ故に血筋が貴ばれたのではないでしょうか。
 新元号に「令和」が選ばれたのは、物質世界に埋没している現代人が、再び天と繋がる時代に入ったことを意味しているのではないかと思っています。

出典: シャンティフーラ

 

海外の反応は?

 

海外の反応も知っておきたいですね。

 

令和は、13画です

 

元号から西暦への変換も覚えておこう!

 

 

西暦年から元号年を簡易に計算する方法として、知りたい年の西暦の紀年数から各元号の元年の前年(0年)の西暦を引いて元号の紀年数を算出する方法がある(逆に、加えると西暦が算出できる)。減算は、下2桁同士でもよい。

  • 1867年=慶応3年=明治0年
    • 1878年:78-67=明治11年
    • 明治11年:1867+11=1878年
    • 1967年:1967-1867=明治100年
    「明治100年」の式典は 1968年(昭和43年)の10月23日に行われた。
  • 1911年=明治44年=大正0年
    • 1919年:19-11=大正 8年
  • 1925年=大正14年=昭和0年
    • 1947年:47-25=昭和22年
    • 昭和63年:1925+63=1988年
    昭和は西暦と下1桁が5ずれているので、比較的数えやすい。
  • 1988年=昭和63年=平成0年
    • 1990年:90-88=平成2年
    • 1999年:99-88=平成11年
    • 2008年:108-88=平成20年
    西暦に12を足して下二桁を読むことで、平成年を算出することもできる。
  • 2019年=令和元年

出典: ウィキペディア 元号

令和時代の西暦への計算の仕方は、

令和元年  2019➕0=2019年

令和1年  2019➕1=2020年

令和2年  2019➕2=2021年

 

令和に対するいろいろ

親子留学で海外に住んでいたとしても、日本について親が伝えていくこと

 

日本の元号などは、西暦に変換するなどが面倒ですので、いらないという意見もありますが、このような固有の文化、昔からの伝統というものは、なるべく残していくことが大切で、子供にも伝えていきたいものです。

たとえ、学校で習わないことでも、親が子供に口承でも伝えていくことに価値があると思っています。

そんな点でも親の価値観というものが非常に重要で、子供の教育は、親の価値観とイコールであるとも考えています。

子供のすべては、親が創造したもの・・・と言っていいかもしれません。

子供を見れば、親のすべてがわかる・・

世界のどんな小さな国でも、文化でも、特徴を大切にしていきたいものです。

それは、小さな個人の個性を大切にすることでもあるからです。

大きいことがいいことではない、目立つからいいことではない・・

それぞれ、どんな小さなことでも、どんな目立たない特徴でもすくい上げて、より良いものにしていきたいですね。

子供のどんなちいさな個性でも、大切にしていきましょう。

 

令和時代になる個人的な感想や意見

 

1989年に平成時代になるときは、ちょうど社会人1年目でしたのでよく覚えていますが、昭和時代がおわり、その当時、湾岸戦争でもありましたので、あまり良いイメージがなかったように記憶しています。

今回、令和時代になることが決まり、個人的な感想としては、令和という字をみて、とても幸先の良い感覚がありました。

令という漢字について、命令、従う意味であると解説されていたビデオやツイッターなども拝見しましたが、私は令という漢字は良いイメージの漢字であると思っています。

なぜなら、母方の父親は、なかなかの国文学や漢学についての精髄を理解していて、中国にも在住していたのですが、子供名前(母親の姉妹になりますが)の1文字に令という漢字をつけていたからです。

良き女性になるようにと聞きましたので、令には、素晴らしい、良きものという意味があると思い出しました。

また、嬉しいことに、令というのは、神の真髄に従うという意味があるということを書いている方がいて、それはそれは、素晴らしいことであると思ったのです。

ということで、令和時代は、良き時代になることを切望しています。

 

 

 

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

ドイツのベルリンよりライブ情報を発信しています。 オーストラリアに3年間の親子留学ののちに ドイツベルリンに教育移住。 ドイツや英語圏への親子留学のサポート をしております。また、お母さんの在り方としての 母親学についても発信中。