ザンクト・ウオルフガングでの休日を過ごした後は、バスで、ザルツブルグへと戻りました。
ザンクト・ヴォルフガングからモーツアルトのお母さんの生まれ故郷、ザンクト・ギルゲンを通り、サウンド・オブ・ミュージックのロケ地のザルツブルグへ
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このような船がザンクト・ウオルフガングのストローブルからモーツアルトのお母さんの生まれ故郷であるザンクト・ギルゲンまで運航しています
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本日も、質のよいヴァイセン・レッセルの朝ビュッフェを終えて、サンクト・ウオルフガングともお別れです
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こんなコンサートの宣伝のポスターも・・。オーストリアらしいですね。オーストリアは、音楽とケーキだけが盛んで、チェコに工業を、ハンガリーに農業を任せた・・と言われる感じがします・・。
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モーツアルトのお母さんの生まれ故郷、ザンクト・ギルゲンを通り、バス150にて、ザルツブルグヘ
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本日の宿泊はリンツアーガッセ通りの、Hotel Stadtkrug です。古い歴史のあるホテルです。
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あ、ブルーのモーツアルトチョコレートだ・・。
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これ、笑えます!オーストリアにカンガルーはいません! これは、オーストラリアの交通標識にあるのです。
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男性のオーストリアの民族衣装で、こういう、ロマンティツクな感じはいいな・・。でも日本人には、似合わなそう・・。
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ザルツブルグのホテルザッハーのオリジナルザッハトルテ。そんなに甘くないです。生クリームはいらないけれど、ちょっとだけ・・
1832年に、クレメンス・メッテルニヒに仕える料理人の一人だったフランツ・ザッハーが考案した[注釈 1]。飽食した貴族たちのために新しいデザートを作れというメッテルニヒの要望に応えたものであった。ザッハトルテは大変に好評で、翌日にはウィーン中の話題になったという。当時はザッハーはまだ16歳で下級の料理人にすぎなかったが、ザッハトルテの成功から頭角を現した。ザッハトルテはフランツのスペシャリテ(特製料理)として好評を博しつづけた。後に次男のエドゥアルトがホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供された。
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夕暮れのホーエンザルツブルグ城。夕暮れの景色は、ブタペストの方が綺麗かな・・。
この空中に浮くパフォーマンスの種明かしのユーチューブがありました。
手に秘密があったのですね。
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小さなケーブルカーでホーエンザルツブルグ城に登ります。
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ホーエンザルツブルグ城から見下ろす、サルツブルグの街。サウンド・オブ・ミュージックは、ザルツブルグで撮影されましたが、こんなシーンもありましたね。
ザルツブルグのショッピングのお楽しみは、ゲトライデガッセです。
ホーエンザルツブルグ城の中には、博物館があり、特に興味があったのは、オスマントルコ時代の影響を思わせるトルコの楽器が展示してあったことです。
モーツアルトのトルコ行進曲のサビの部分にも、オスマントルコの影響が感じられる部分があります。