ドイツの学校、ベルリンのギムナジウムの成績評価は?英語、ドイツ語、数学、歴史、生物などの各科目の点の付け方について。

ドイツの学校、ベルリンのギムナジウムの成績評価の付け方とは?

ドイツの学校制度は、ドイツの州ごとの管轄になります。ですので、ミュンヘンの学校、デユッセルドルフの学校、ベルリンの学校では、学校制度も学校の呼び方もちがうので、まずは、注意してください。

ベルリンでは、小学校を卒業すると、ギムナジウム、または、ゼクンダールシューレに行きます。つまり、日本で言うと、中高一貫校になります。

小学校を卒業する前の5年生からギムナジウムに行く子供もたくさんいます。

ギムナジウムの方が大学入学希望の生徒が多いといわれますが、

ギムナジウムは、12年生でアビトウア(総合大学入学資格)を受けます。

ゼクンダールシューレでは、13年生でアビトウア(総合大学入学資格)を受けます。

以前は、ドイツでは、大学に行く生徒は、20%くらいと言われていましたが、現在では、50%くらいの学生、半分の生徒が、大学に入学しているそうです。大学に入学しても、卒業が難しいので、そのあたりはどうなのでしょうか・・・

我が家の息子は、ギムナジウムに併設のウェルカムクラス(移民クラス)から、ギムナジウムに移行しました。

ギムナジウムに入学したのは、正確にはわかりませんが、(入学時期がちがうため)20~30人中、2人くらいだったようです。

さて、息子は、明日、歴史のテストがあるということで、勉強しております。

歴史のテストの評価を聞いてみました。

75%授業中の評価、20%テストの評価(記述式)5%ノートまたは宿題評価

このようになっています。

また、生物や化学などの科目では、70%授業中の評価、30%テストの評価です。

英語、ドイツ語、数学では、50%授業中の評価、50%テストの評価になっています。

授業中の評価というのは、授業中に発言をすることで、積極的、主体的に授業に参加しているかどうかを評価されます。つまり、、挙手して、発言しておけばいいんですね・・・

ドイツの学校では、人差し指だけを出して、手を挙げるんですね。だめですよ、全部の指を出して、日本のように、手を挙げては・・(歴史的観点でマズイ・・ココはドイツですから・・)

歴史のテストの内容は、第1次世界大戦です。日本では、そんなに関心をもたれない内容ですが、ココはドイツですから、第1次世界大戦の内容は、重要ですよね・・・

ドイツは、第1次世界大戦でも、第2次世界大戦でも、大損害を被ったという・・

息子は、授業中の評価については、挙手をしてすでに発言済みです。ノートや宿題の提出もOK!

残るは、記述式のテストですね・・もう、どんどん書くしかない!なんです・・・

世界史 第1次世界大戦のポイントは?

日本の高校や大学受験の世界史のテストはどうでしょうか?

細かい設問に答える・・というのが多いのではないでしょうか・・・

第1次世界大戦関連では、例えば、

1916年イギリス、フランス、ロシアによりオスマン帝国領の分裂、パレスチナの国際管理などを決めた協定の名前を書きなさい。

答え: サイクス・ピコ協定

こんな感じが、日本の高校の世界史のテスト、大学受験でのテストになりますね。

問題なのは、この、サイクス・ピコ協定・・という名前を知っていても、これがどういう意義をもっているのか・・そこを理解していなければ、なんの意味もないということです。

第1次世界大戦中の外交、このサイクス・ピコ協定、バルフォア宣言あたりから、着々と、イスラエル建国を目論んでいたことがわからなければ・・そして、ユダヤ資本を作り上げて行ったという・・フフフ・・そうか・・ですね・・

そして、その影響は、今のシリア難民問題やユダヤ資本の現在のグローバリズムにもつながっているという・・ふむふむ・・

ドイツ・ベルリンのギムナジウムの歴史のテストは、記述式なので、東京大学の2次試験の世界史のテストに近いかもしれません。(東京外国語大学の2次試験の世界史にもね・・)

東京大学の2次試験の世界史の記述式より、ギムナジウムの世界史の回答の方が長く書かなければいけません。それも、ドイツ語で・・・

東京大学の2次試験の世界史の問題は、例えば、

第1次世界大戦の意義を書きなさい。19世紀の戦争と20世紀の戦争の違いを含めて。

このような感じですね。

第1次世界大戦では、勢力均衡、バランスを保つことが重視されて、国際連盟ができたことが意義ですね。戦争自体は、総力戦、長期戦になり、危険な武器も使用されて、19世紀のある国だけの戦争、地元の戦争とは違い、世界を巻き込んでいったという・・・

第1次世界大戦のポイントとしては、

いつ? 1914年 

どこで? ボスニアのサラエボで

誰が?  セルビア人学生がオーストリアの皇太子を暗殺したことがきっかけ。

何を?  ドイツとオーストリア同盟国 対 イギリス、フランス、ロシア連合国で戦った  4年間の総力戦、長期戦。 民衆、世界を巻き込む。

どうした? パリ講和会議が開かれ、ヴェルサイユ体制が作られる。1918年 ドイツ共和国の成立

結局、第1次世界大戦でドイツはさんざんな目に遭い、領土も取られて、植民地も取られて、苦境に立たされて、その後、第2次世界大戦につながっていくんですね・・

反対に、この2つの大戦で、強くなっていったのが、おいしいところを取って、後から出てきた、ジャイアンのような、アメリカですね。経済の中心もロンドンからニューヨークになっていくわけです。そして、国際連合もできて・・

よ~く見ていくと、第1次世界大戦も第2次世界大戦も、両方苦しんだのは、ドイツですよね・・

日本もそうですが、技術があったからでしょうね・・

ドイツからアメリカに移民した数が多いことからもわかります。

世界大戦の歴史といえば、ドイツなのかもしれません・・・

 

 

 

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ドイツのベルリンよりライブ情報を発信しています。 オーストラリアに3年間の親子留学ののちに ドイツベルリンに教育移住。 ドイツや英語圏への親子留学のサポート をしております。また、お母さんの在り方としての 母親学についても発信中。