正解は、チェックマーク、不正解は、小さなマルをつけます!
息子は、現在、ドイツのギムナジウム(大学進学のためのハイスクール)に通学しています。ドイツのギムナジウムのテストでは、ほとんど、記述式ですので、あまりよくわかりませんでしたが、
先日、フランス語のテストがあったようで、そのテスト解答用紙を見て、日本との違いに仰天しました。
ドイツでは、正解のところは、チェックマーク、間違っているところは、ちいさなマルをつけるのです。オーストラリアでも同じだったようです。
小さなマルが付いているところは、間違えたところですので、何が間違えたのかな?と確認して、あ~そうだったのか・・と学べばよいわけです。
それに、チェックマークや小さなマルも、なにか、適当なところがあって、先生も混乱しているような感じもあり、
正解でも不正解でも、どっちでもいいじゃ~~ん! 知ら~~ん!
なんか、このいい加減さがいいですね・・
日本の小学校では、大きなバツがつけられましたよね・・
それに比べて、日本の小学校はどうでしょうか?大きく、バツ! とつけられますよね。ばってんマークが大きすぎる・・
これって、小学校の10歳以下、それ前後の子供の心の影響に悪いですよね。
自分は、間違えたんだ・・と再認識してしまうわけです。
なぜ、間違えたのか? どこを誤解していたのか? というより先に、自分が間違えてしまったという、屈辱の方が先にきてしまう・・というおそろしさがあります。
そして、間違えてはいけないんだ・・と子供の心にのしかかってくるわけです。これは、良くないですね。
人間は、間違えるものですよ。間違えて、覚えていくものですよ。失敗からいろいろ学んでいくわけです。失敗を恐れていては、何もできない。失敗することは、いいことなんですよ・・
しかし、子供の時にバツ!と付けられて育つと、失敗イコール ダメ!自分はダメなんだ!となってしまうわけです。
息子とよく話すのですが、日本人は、自信がない顔つきをしている人が多いよね・・と・・中国人でもベトナム人でも、日本人より、みんな自信のある顔つきをしているね・・と・・
書道の墨で、顔にバッテンマークをつける、遊びもありましたよね・・
バッテンマークをつけて、みんなで大笑いするテレビ番組もなかったっけ??
音楽が好きな人は、間違えるのよ! By フジ子 ヘミング
日本に居たころ、テレビの徹子の部屋で、フジ子ヘミングさんが出ていらしたのを拝見しました。フジ子ヘミングさんは、言っていました。
音楽、ピアノが好きな人は、間違えるものよ!
これを聞いた瞬間、この方のファンになりました。
フジ子ヘミングさんは、コンクールの審査員も辞退されています。なぜなら、音を間違えただけで、減点するのは、ナンセンスだと思っていらっしゃるからだそうです。
フジ子ヘミングさんは、猫と一緒に住んでいらして、心優しい方なんだろうなと想像します。フジ子ヘミングさんの弾く、リストの”ため息”などは、情感があふれ、素晴らしいです。
私もピアノを下手の横好きで弾きますが、間違えないように弾くのが好きではありません。暗譜も好きではありません。だいたい、暗譜しようとしませんし、そんなに練習もしませんし、ただ、音楽が好きだから、弾くだけです。
楽譜と違っていても、こっちの方が音が好きだからと言って、勝手に変えて弾いたり、音をのばしたりして・・ピアノの先生によく怒られたものです。
不注意です! 不注意でしたと言いなさい!・・と10歳のころ、芸大出身のピアノの先生に言われましたね・・ 誰が言うか!と10歳の子供心で思っていましたね・・
結論 間違いを指摘すると、子供は伸びない!
息子は、現在15歳ですので、15年間子育てをしてきて、ほぼ、確定と思うことがコレです。
間違いを指摘したり、細かく注意すると、子供は伸びません、というか、伸びる芽を摘んでしまいます!
なかなか、机に向かう勉強からは、わかりにくいですが、スポーツなどを見ると、ハッキリとわかります。
息子の例で、野球のピッチングやスキーなどからよくわかりました。
最初から、ごちゃごちゃ細かいことを言うと、子供の心にブロックがかかり、その後、できなくなるのです。
最初は、荒削りでもいいですので、何でも自由にやらせていると、自然と伸びるようになってきます。
子供も自分なりの方法がありますので、最初は自由にやって、慣れて行って、そこで、自分なりの伸びる方法に漕ぎ付くからだと思います。
ですので、息子は、オーストラリアの小学校、ハイスクール、そして現在はドイツのギムナジウムに通学していますが、私の信念でこのようにアドバイスしています。細かいことは、絶対に言いません。
”最初は語学ができなくてあたりまえなので、できないことを楽しむ!まず、慣れる! 時間が経つと、できるようになるよ!!”
オーストラリアでもドイツでも、学校の方もゆっくりと焦らせませんので、自然にみんなについていけるようになりますね。
私も毎日、ブログを書いていますが、これを書かなければいけない!というブロックがあると、毎日書くことができません・・
生きている限り、毎日いろいろなことを考えて、思って、感じているわけです。それをそのまま、表現して、できることなら、読んで下さっている方に気づきがあるように、シェアをすることが目的です。
そんな自分の世界観、価値観、思いを伝えたい・・・と真摯に思うからこそ、毎日続けることができるのです。
そんなの、間違っている・・と言われたら、続けることができないですよ・・子供の勉強や習い事も同じことですね。