今、ベルリンのミッテのカフェにおりまして、書いております・・。私が住んでいるところと違って、ミッテのカフェは、ベルリンらしいですね・・。夜などは、どんちゃん騒ぎでもしていそうなカフェです。カフェの店員さんもラフすぎる・・・。
さてさて、お母さんと子供さんが、ドイツ親子留学する・・・このときに、ご主人との問題もありますが、これは、それぞれに対処していただければ・・・
反対するご主人もいらっしゃいますし、(もう、これは、こんな時代に考えが古いぞ・・で、私は、一刀両断なのですが・・)
ご両親とか、義理両親の問題ですね・・。これは、儒教の考え方もあって・・色々と問題が多そうです。クライアントさんも実際に直面しているようです。
私の意見が参考になれば・・・と思い、思い立って書いております・・。
ドイツ親子留学で、ご両親の問題、義理ご両親の問題が発生したらどうする??
ドイツ親子留学で、ご両親の問題、義理ご両親の問題が・・・実は、重要になっていて、ここで進めない方、途中で諦めてしまう方・・・実は非常に多いと思っています。
お母さんの年齢が、40代すぎますと・・・この問題が重要で、ネックなのです!親世代が70代、80代になりますからね・・・。
私もこの問題は、いつも書きたいと思っていて、やはり、日本は儒教の影響があるため、安易には書けないな・・・と思っていた問題になります。
日本では、75歳という年齢が境界線らしく、このあたりで、色々な問題が出てくる・・・そんなことも聞きました。
そうすると、お母さんたちの年齢が45歳くらい???ということになるのかな・・・。
オーストラリア親子留学時代でも、親世代の関連で、日本に帰国しなければいけないお友達も実際にいらっしゃいました。
私もこの問題について、色々考えました。そうして、私はこういう答えを自分の中で出したのです。
親世代は、70年、80年の歳月を楽しく過ごしたはずだ・・・。次の世代が進む道をさえぎっていいものだろうか・・・。
親孝行は、大切です。心で親に感謝することは大切です。しかし、自分が進む道をあきらめてまで、70代、80代のご両親世代の世話をしなければいけないのだろうか・・・。
私は、自分の道は諦めてもいいと思っています。欲望というものがない人間ですので・・。しかし、しかしですよ・・・私の息子の道を遮ることはできない・・・と思っています!
だれにも、息子の道をさえぎることはさせまい!!!これは、非常に強い思いなのです!!!
だれにもさせませんよ・・。
こういうことをおっしゃる方がいらっしゃいます。まだ子供は色々なチャンスがある・・・。
私からの経験から思うに、・・・意外にも、ないですよ・・・!
実際に私も半世紀以上の年齢ですので、親の問題をかかえています。みなさまの問題と同じだと思います。しかし、これを乗り越えている・・といってよいのか・・ですが、なんとか、発想転換をして対処しています。
なぜか、親世代というのは、大事なときに、遮ってくる問題を起こすものだ・・・とも経験から感じています。
私の母親などは、息子が大事なときに、骨折したり、大病になったり・・など。
それは、意味があるのだ・・・とも思っています。問われているのです。どっちを選択するのかと・・。
儒教の影響から、親の方をとるのか・・・または、子供を第一に考えるのかと・・。
私も迷いました。私は親から色々と与えてもらっていますし、ずっと私立の学校に通学していたもので、親にもかなり負担もかけてきたし・・・。日本の方はそういうことも考えますよね・・。息子のことより、親のことを考えなければいけないのかと・・・。
しかし、しかし、私の価値観では、儒教なんて関係ありませんので、大切なことを大切にしたいですので、子供を第一に考えます。
親は、子供が幸せになってほしいと思い、育ててきたはず・・。こんだけしてきたのだから、それを返して欲しいとは思っていないはず・・。
私だって、将来、息子には、親のことを振り返らずに、まっすぐに自分の道を進め・・・といいますから・・。(というより、私は先手をうって、そういう選択する状況にさえならないようにまえまえから計画していきますが・・)
私は、自分自身はどうでもいいのですが、息子が幸せになってほしいので、親より子供を優先するのです。
儒教って・・・なんですか???親孝行ってなんですか???縛るものではないですか??
儒教(じゅきょう)は、孔子を始祖とする思考・信仰の体系である。紀元前の中国に興り、東アジア各国で2000年以上にわたって強い影響力を持つ。その学問的側面から儒学、思想的側面からは名教・礼教ともいう。大成者の孔子から、孔教・孔子教とも呼ぶ。中国では、哲学・思想としては儒家思想という。
日本の医療の問題。介護の問題。
この問題ですね・・・。色々書きたいこともありますね・・。ズバズバとね・・。でも、面倒ですので、簡単にしか書きませんが・・。医学の祖は、ヒポクラテスですよね・・。
ヒポクラテス(ヒッポクラテース、古代ギリシア語: Ἱπποκράτης、英語: Hippocrates , 紀元前460年ごろ - 紀元前370年ごろ)は古代ギリシアの医者。
ヒポクラテス(或いはヒポクラテス派)の最も重要な功績のひとつに、医学を原始的な迷信や呪術から切り離し、臨床と観察を重んじる経験科学へと発展させたことが挙げられる。さらに医師の倫理性と客観性について『誓い』と題した文章が全集に収められ、現在でも『ヒポクラテスの誓い』として受け継がれている。 人生は短く、術のみちは長い"ὁ βίος βραχύς, ἡ δὲ τέχνη μακρή." と言う有名な言葉もヒポクラテスのものとされており、これは「ars longa, vita brevis アルスロンガ、ウィータブレウィス」というラテン語訳で現代でも広く知られている。病気は4種類の体液の混合に変調が生じた時に起こるという四体液説を唱えた。また人間のおかれた環境(自然環境、政治的環境)が健康に及ぼす影響についても先駆的な著作をのこしている。
これらヒポクラテスの功績は古代ローマの医学者ガレノスを経て後の西洋医学に大きな影響を与えたことから、ヒポクラテスは「医学の父」、「医聖」、「疫学の祖」などと呼ばれる。
19世紀以降の現代西洋医学は、ヒポクラテス説からは距離をおいたものとなっている。今日(西洋医学の)医師は診断で病名を特定し、それに対する専門の治療を行うことを重視しており、この2点は(結局)クニドス派の手法である。(19~20世紀になると、西洋医学では)考え方がヒポクラテスの時代とは異なったものに変化し、「良いことをするか、できなければ少なくとも悪いことをするな」というヒポクラテス派の考え方を、「消極的な診療」として批判する医師が増えた。フランスの医師ウダールは「ヒポクラテス派がやったことは、便、尿、汗などを調べ、その中に「消化」の兆候を探り、分利を告げ、死を宣告する、それだけではないか」とした[21][22]。
簡単にいうと、医療が、自然に即したものではなく、近代から、お金儲けの手段にもなっているかも・・・という点が気に入らないです・・。介護にしてもそうですね。病名をつけることで、保険適用になるとか・・・もなんかねえ・・。
つまり、日本の医療問題、介護問題にかかわって、子供にせっかく大切な、大切な、ドイツ親子留学を逃してしまったら・・・と考えてみてください。
私はこのように考えています。だから進んでいます。同じように考える方たちが進んでいけますように願っております。